About

We are UCR!!!

そもそも、バンドやるってのは、カッコつけられない場所なのだ。
だから、恥ずかしくもあり、楽しいのである。

Live Schedule

Movie (from YouTube)

Photograph

History

TAPE-TORIO の時代
1991-11-01

Sax G.M・Vo&G Baby hair・Bass Mr.Kensingtonの 3人で“TAPETORIO”を東京都国分寺市にて結成

世の中の流れ

快適性と機能性を追求した素直な走り味のロードスポーツバイク「ホンダ XELVIS」がニューカラーリングモデルを追加し発売

UnderColorRemoverの発足(β版UCR)
1992-01-01

バンド名を3日3晩討論した末に“Under Color Remover”とし、男闘呼組やB.B.キングをライバルに、本格的に始動。ちなみに“足軽特攻隊”というネーミング候補も最後まであがきをみせたが多数決にてあえなくボツに

世の中の流れ

第13回ワールドカップ アメリカ大会アジア地区予選一次突破。最終予選で『ドーハの悲劇』
日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)開幕
ヒット曲
・SAY YES(チャゲ&アスカ)

・部屋とYシャツと私(平松愛理)

・それが大事(大事MANブラザーズバンド)

1992-02-01

更なるメンバー探しのためG.M・Baby hair・Mr.Kensingtonの3人で国分寺・国立近辺を毎日あてもなくさまよい歩く・・・周辺各大学ブラスバンド部へ直談判の交渉も行う(ちなみに空振り)

1992-03-01

そんな矢先、ドラマー募集告知を見たドラムROBOが加入。一瞬バンドっぽくなるも、ROBOから音楽性の違いを指摘され、3人衆落ち込むその後、ROBO1ケ月で脱退

1992-04-01

しかしそういった3人のあきらめない姿勢に共感を受けた、ドラムIT-KATUがドレッドヘアを振り乱し参入

1992-05-01

続いてキーボードVICTORYが裸にオーバーオールで加入

トランペットウッチーがポニーテールで普通に加入

1992-07-01

スペシャルハードなリーマンギタリスト、タケハルがメンズプラザコナカのスーツを着こなし堂々と参入
この時点で7人の初期Under Color Removerがバンドとして形成される。

今は無きミタカ楽器でMr.Kensingtonが新しいベースをローンで買うも、その帰り道でベース破損。

第一期:UnderColorRemover(UCR 1.0)
1992-09-01

ムサビ芸術祭のテープ審査で優秀賞を勝ち取り、

1992-10-01

翌月のムサビ芸祭の野外中央ステージ(しかもトリ)で約100人の観客を前に前代未聞の華々しいデビューを飾る

スペシャルハードなギタリスト、タケハルが銀行業務復帰のため今度はアオキのスーツを着こなし笑顔で脱退

1992-11-01

ドクロの名刺を持つラテン&カントリーなスペシャルギタリスト、リスペクトBaba-G加入

ボーカル & パーカッション、EAST加入(厳密に言えばスカウト)

1992-12-01

更に強力になったU.C.R.は都内 吉祥寺のライブハウスにてクリスマスライブを決行街角の恋人達へ強烈なインパクトを与える

第二期:UnderColorRemover(UCR 1.5)
1993-01-01

吉祥寺のライブハウスで引き続き、定期的なライブ活動

Babyhairが裸のVICTORYに襲われそうになる
その後鎌倉へ引きこもり

G.M・Mr.Kensington 慣れないリクルートスーツを着込み就職活動

1993-03-01

活動休止 各々が社会に貢献。毎日をマジメに送る...

その後

ウッチー → 渡米
VICTORY → 消息不明
EAST → 書道家に

UnderColorRemover無音の時代
2004-01-01

山梨で静養中のBabyhairが間違い電話で10年ぶりにMr.Kensingtonと話す。最初は話しが噛み合わないも、近いうち再会を誓う

2004-04-01

G.M・Babyhair・Mr.Kensingtonが10年ぶりに打ちっぱなしゴルフ場で再会 Baba-G・IT-KATUと共にUnder Color Remover が活動再開

2004-05-01

Mr.Kensingtonと中野の倉庫でルームシェアをしていたスーパーオルガニスト、Rupuliがラテン&イタリアンな血をたぎらせ新たに加入 IT-KATUが家庭の諸事情により脱退 チェッカーズにいたようなスーパーサックスプレーヤーCollisがハーレーにまたがり登場 Baba-Gと同じ勤務先の真打ちドラマーI-I-Dがこれまたバイカースタイルで登場 この時点で7人の新たなUnder Color Removerが形成される

第三期:UnderColorRemover再起動(UCR 2.0)
2004-06-01

スーパーオルガニストRupuliの結婚式で再結成後初の演奏を披露
バンド名を『アンダーカバーリバー』に間違われるも、感動の渦を呼ぶ。

2004-09-01

山中湖にて Super Secret Tour Vol.1(2泊3日)の音楽合宿を行うも湖畔の白鳥の足漕ぎボートに夢中になる

2004-09-01

キッシュ&タルト川崎ラ・チッタ・デッラ店にてMINI LIVEを行う

2005-02-01

トランペッターヒ。登場!新たな息吹を感じさせる。

2005-03-01

スーパーギタリストGun-tang、まずはベーシストとして参戦。

第四期:UnderColorRemover加速時代(UCR 2.5)
2006-01-01

Mr kensington結成当時からベース担当であったが、念願の?トロンボーンへ転職。のっけから度迫力の「ゾウ奏法」で、度肝を抜く! あれよあれよという間に、BabaG念願のUSAへ旅立つ。 「さらば友よ。またこの国で会おう!」 リーダーGM、愛の国へ旅立つ。出航ラッシュにメンバー若干とまどう。 ヒーローは遅れてやってくる!スーパーなベーシスト社長登場。ウッドなベースにほれぼれするメンバー。 Gun-tang、それを機にギターへ返り咲き。ロックなギターがまた一つUCRに味を加える。 Collisアルトサックスからテナーサックスへ転職。楽器もサイズアップしてとてもバランスがかっこいい。 ヤングトランペッターヒ。次の野望の荒野へ旅立つ。若者よ大志を抱け~。 Under Color Removerはどっちへ向かう。大会議・・。 貴重な意見多数、バンドの今後について話し合う。

第五期:UnderColorRemover新地への船出(UCR 2.5.5)
2007-05-01

渾身の新曲セミ レコーディング

第六期:UnderColorRemover大いなるリハビリテーションという旅路(UCR 2.6)
2010-01-01

なんという出会いなのか!恵比寿のリハスタで受付のひろくん(後のUCRゲストアジテーターDJ)の紹介でスーパーベーシストGUWATCH登場!一気にモチベーションアップ。

2011-01-01

SHIBUYA TAKE OFF 7ライブで、事実上UCR再びテイクオフ!

第七期:UnderColorRemoverそして再び大海原へ(UCR 3.0)
2011-01-01

そして、少年社 SONCHO登場。UCRバージョン3.0へアップデートそして大海原への旅がはじまる。

2011-03-12

水道橋ふらっとんTIMESでのライブを予定していたが、前日の東日本大震災の影響にて中止を決定。あまりにも凄まじい事態に言葉を失った。 震災への思いを胸に『DAY AFTER TOMORROW written by SONCHO』を完成。

2011-04-23

SHIBYA TAKE OFF 7 にてWarm Japanイベント開催。当日は、あいにくの雨だったが、あたたかい気持ちが渋谷へ集まった。

2011-05-28

水道橋 ふらっとんTIMESにて、『縄文クッキー再現記念パーティライブ』当日は、ベビイ教授による、縄文レクチャ。ケンジントンお手製の縄文クッキーをお客さんとみんなで食べながら、縄文への思いを馳せた。

2011-08-13

高津スタジオハピネスにおいて、現UCR3.0メンバーによるレコーディング。タブロイド、笑う花。とても居心地のよいスタジオで12時間。いい出来だ。仙台へ持っていこう。

2011-07-01

仙台市で行われる『定禅寺ストリートジャズフェスティバル』へ参加するべく事前のバンドミーティングへ出席するため、仙台入り。仙台市内の盛り上がりに圧倒されながらも、地元タクシー運転手橋沼さんと意気投合。名取市、閖上地区へ足を踏み入れた。その壮絶な風景は言葉や感情を超えた ものだった。小高く小さな丘の上に、大東亜戦争戦没者慰霊碑が見えた。ただ、ひたすら石碑の前で祈った。

2011-09-01

仙台市定禅寺ストリートジャズフェスティバル 錦町公園での演奏。とても多くの人たちで溢れ、町中からいろいろな音楽が流れていた。我々も負けじと演奏開始直後。地元日本酒メーカーのお兄さんがニコニコ顔で日本酒を差し入れ。いただいたものは飲み干さないと失礼にあたるとして、一気に飲み干すも、アルコールにやられ、演奏がぐだんぐだん。それでも、小さな女の子から、年配の方々まで笑顔で楽しんでもらえた。

2011-11-01

渋谷リハスタにて、UCRホーン部隊『ブルボン バニラ ダークチェリー』による『笑う花』セッション。この時の映像が、後の墨田区ジャズフェスティバル出場へと繋がる事になる。

2012-02-13

辰年初ライブ@三軒茶屋グレープフルーツムーン。

2012-03-31

『スカの国から2012春雷編』@三軒茶屋グレープフルーツムーン

2012-07-07

『スカの国から2012七夕編』@三軒茶屋グレープフルーツムーン

2012-07-15

仙台市定禅寺ストリートジャズフェスティバル出演に向けての事前バンドミーティングへ。一年ぶりの仙台。やっぱり牛タンが光ってる。

2012-08-18

すみだストリートジャズフェスティバルへ参戦。しかも、いわゆる路線バスの中で演奏するJAZZ BUSなるものへ初チャレンジ。当然、演奏中は走行中。揺れるし大変でしたが、そんな状況が運転手さん乗客のみなさんとの一体感を作り出し、盛り上がりを見せる。本当に楽しい。ケンジントンは、自前でバス購入を考えたくらい楽しかった。

2012-09-07

9.8定禅寺ストリートジャズフェスティバルへ出演するため、ケンジントン、ババジイ、ベビースターフェスティバルが仙台市入り。おいしい牛タンをいただき、テンションがあがったのか、その勢いで激シブなスナック『わがまま』へ突撃。その雰囲気はスナックOFスナック。昭和を感じる店内には、栄子ママ。なんとも上品なママといい気になってカラオケ大会。途中から来店した、仙台市の重鎮、愛称ミスターが登場。その岡本太郎バリのトリッキーな動きのセンスにすっかりやられる。そこから、4件ほどキラキラしたお店をはしごするも。調子にのって、財布の中身が空っぽ、明け方前、なんとか旅館に到着するやいなや、ベビーが部屋のガキをなくしている事が発覚。その失態にぶち切れたケンジントンに朝まで説教をくらうベビー。

2012-09-08

いよいよ定禅寺ストリートジャズフェスティバル出演当日。メンバーも全員そろった。場所は、つつじが岡公園。仙台駅からほどお遠い、本フェスティバルエリアにおける極東の地。お客さんの入りの心配もあったが、昨夜お世話になったスナックわがままの栄子ママと、ミスターを筆頭に、なかなかの集まりを見せる。小さな女の子と来てくれていたヤングなお父さんは、去年のUCRのステージも見てくれていたそうで。うれしい。

2012-10-13

UCRが一目惚れしたバーレスクダンサーCocoflame嬢とコラボが決定。場所は我々のホーム三軒茶屋グレープフルーツムーン。

2014-01-18

変態ベーシスト・オガタマ、MacBook片手に高笑いで加入。

世の中の流れ

2014年2月は関東甲信で2週連続大雪、都心も27センチ